2010年10月07日

フィンガ−ボ−ルを飲んだ男

6日夜、相方は「月1会」と称し、女友達と月一度の食事会に行ってきた。
年12回、和・洋・中で、味覚と雰囲気を変えて過ごす在り方は、男には少し理解し難い世界がある。
きっと女性は、美味しい食事を味わった時、それを表現された時に喜びを感じるのだろう。

食事と言えば、30代の頃にこんな経験をした。
東京の青山にある小さな店で、フレンチなコ−ス料理を愉しんでいた時のことだ。
テ−ブルの間隔が少し狭かったので、会話を選ばなくてはならないのがル−ルになる。
しかし、隣の若いカップルが運ばれてきた料理を口にする度に、味付けや盛り付け方、ボリュ−ムや彩りなどを辛辣な評価している姿に、シラけさせられたことがあった。
同時に、「この二人はケンカ別れになるな」と直感した。

それは食事の時間を愉しむのではなく、互いの美食体験を自慢し合いたいだけで素直じゃないのだ。
会話からして、いづれ結婚を控えているのだろうが、家庭でぶつかるのは時間の問題であろう。
料理だけでなく、店の雰囲気に配慮できないのなら、まだ子供のママゴト遊びの方が健康的である。

私は外食先で料理を突き返した過去が2回あるが、それは味の問題ではなく衛生上の問題でだ。
それでも他の客に気づかれないように伝えたのは、非日常の雰囲気を壊したくなかったからである。
先程の若いカップルは、料理の味が分かるのかも知れない。
だが、エビ料理に添えてあった、フィンガ−ボ−ルの水を飲んでいた男の姿を目撃した時、「お里が知れたな」と思ったことは、最終的なオチになってしまった。
私の中では、「フィンガ−ボ−ル事件」として、記憶の引き出しに閉まってある。

美味い不味いは、個人の嗜好だから仕方ないかと思う。
だが、周囲を嫌な気持にさせておきながら、恥を恥と思わないのは更なるマナ−違反である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする