2010年09月16日

聞き飽きた言葉…「一枚岩」

民主党代表選挙は、菅首相が小沢前幹事長を破り再選した。

最後は必ず、「我々は一枚岩である」と末尾を強調する。
それは一枚岩になれないことを、証明しているかのように聞こえてしまう。
そう思う理由は、人の心(気持)ほど、当てにならないものはないからだ。

組織で言えば、志を同じくした瞬間は真実だと思う。
しかし、人の心は変わるもので、微妙に結束感が薄らいでいくことも事実だ。
粗く言えば、組織には権力の行方に敏感な、“なりすまし”が存在している。
時と人を嗅ぎ分け、電卓を忍ばせている存在は要注意である。
それは最初に志した真実を、嘘っぱちにすりかえてしまうからだ。
内輪揉めが多い組織は、こういう存在が裏で志をかき回していたりする。
その意味で一枚岩などあり得ないし、私は調子のいい人間が嫌いである。

だが、一枚岩が機能する場面が1つあると思う。
それは組織内に向けてではなく、組織外に共通の敵が現れた時に一枚岩になれるのではないか。
言葉は、運命共同体でもいいかも知れない。(運動会などのイメ−ジがわかりやすいと思うが)
民主党が政権を奪取した時、初心はこんな気持だったと思うし、世間の流れは偶然ではなかったはず。
人の心は変わりがちだが、今の日本はもう「志」を信じるしかないんだから。

私は支持政党もなく、政治的な話はしないが、この年齢で「傍観者」ではいけないと思っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする