2010年09月30日

引退する勇気がない

2004年アテネ五輪、柔道金メダリスト鈴木桂治が「引退する勇気がない」とし、現役続行を表明した。

時はさかのぼること、約25年前。
1984年ロサンゼルス五輪、柔道金メダリスト山下泰裕が、“203勝無敗”のまま86年に引退した。
それは日本国内だけでなく、世界中からも惜しまれ、引退会見では「自分が思う柔道をできなくなった」と、コメントしていたように記憶している。

当時、「負けることが怖くなったのかな?」と感じた。
常に武道家は目標とされる以上、敗れて引退することが、“男の散り際”だと思う。
その意味で、“無敗神話”の山下泰裕には、ロマンを感じなくなってしまった。

鈴木桂治は、結果が問われるスポ−ツ界では、すでにピ−クは過ぎてはいる。
もう、自分のポジションは奪われているし、若手選手の踏み台として、狙われ続けるであろう。
それでも、「柔道が好きだ」という気持から出た答えである以上、今後の進化を見届けていきたい。
アマチュアなら、青春ドラマを描いてウダウダやってればいいが、プロともなると必死さが違うんだよな。

もう、気の済むまで、ボロ雑巾になるまでやりゃいいんだ。
世間体よりも、自分の筋を通せれば、悔いもないであろう。

だが、最後の最後は、「これが俺だ」という試合を見せてほしいと思っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月29日

「1Q84」で挫折した

数ヶ月前、別名【夜な夜なMさん】から、長編小説「1Q84」(村上春樹)全三巻を頂いていた。

一週間ほどブログをアップしなかったのは、本書を読んでいたことが理由だった。
読後の感想は、純文学に慣れてないせいか、酷い読み方になってしまった。
それは情景の描写が丁寧すぎ、物語がスム−スに展開しない、もどかしさを感じたからだ。
そうなると結末を急ぎ出し、肝心の伏線を読み逃がしたり、登場人物の心理をくみ取れなくなる。
その状態で走り読みすると、何が起きているのか理解できなくなり、眠気に襲われることしばしば。
ジャズに例えるなら、終始リズムに乗り切れないまま、エンディングを向かえた感じに近いかも。
つまり、本との相性が合わなかったのだと思う。

前評判は、「理解不能」「難しい」とは聞いてたが、解釈は人それぞれ無限なので答えは問わない。
だが、読みきれなかった私が、わかったようなことをぬけぬけと書けないので、このへんで止めておく。
まあ、都合のいい読み方かも知れないが、あくまでも自由に本と付き合っている。

読書の秋。 もう一度読んで、前言を撤回したいが…。

おそるべし! 「1Q84」全三巻  …【夜な夜なMさん】 ごめん! 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

中国の反日デモについて (弐)

24日、日本の尖閣諸島で逮捕された中国人船長が釈放された。
釈然としないが、苦渋の決断に今更何を言っても仕方あるまい。
だが、25日夕方の報道には、さすがに“カチン”ときた。

今度は謝罪と賠償責任を要求してきたというではないか。
もちろん日本は断固応じないと宣言したが、それこそ相手は“狡猾国家”なだけに、更なる言いがかりを企んでいると思われる。
一度は中国人の好きな言葉、「面子」を立てたが今度はコレだ。
今の中国経済は宝くじに当たったようなものであり、この景気で面の皮が厚くなるどころか、二言目にも金を引き合いに出してくる。
そしてマナ−の悪さに加え、人の話を聞かないメンタリティ−ほど驚異的な問題はない。

その点、日本はメンタル的に先進国だが、微妙な言い方をすれば優しすぎる気質がある。
譲るところは譲ってもいいが、絶対に譲ってはいけない部分は今後も突っぱねるべきだ。
「優しさ」の対義語は、「強さ」であろう。

そして新聞の社説で、米国のア−ミテ−ジ元国防副長官のコメントが目を引いた。
「中国は日本を試している。日本が大人の姿勢を取ったことは、高く評価している」とした。
だが早速、中国は「勝利した」と勘違いしているようだ。 …全くどうしょうもねえな(苦笑)

一方、日本の鳩山前首相はこう言ったらしい。
「私だったら、温家宝首相と腹を割って話し合いができた」と。

この人は辞任して正解だった。  政治に「たら」「れば」はないのだ!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

中国の反日デモについて (壱)

尖閣諸島の領有権及び漁船衝突事件をめぐり、またも中国が過剰な反日デモを起こした。

立場変われば反応も異なるが、よくよく考えても、そこまでされる理由がわからない。
一方的な集団心理で日本を悪者に仕立てようと感じられ、日本人学校や関連施設などに石を投げつけるなんて、日本のチンピラですらしない。
大体、抗議活動している中国人は、日本人と何か個人的な因縁でもあるのだろうか?
…ないと思うね。 つまり、プライドもないんだよ。

昔、東京時代に中国人の友人がいた。
彼は北京大学を卒業後、数年間は留学生として滞在し、「中国で叫ばれている日本」と「実際に見た日本」の印象に、驚きを隠せなかったという。
そんな友人がいたので、「個」としての中国人には親近感をもっている。
だが、“日本知らずの中国人”が集団になると、その想いが吹き飛んでしまうのが残念である。
ハッキリ言って、反日デモなどはいい迷惑だ。

中国という国は、自らの放火で通報し消火しては、英雄めいた幕引きを図るタイプに思える。
昔からそういう奴は、「マッチポンプ」と呼ばれている。

中国四千年の歴史を誇る国のやることとは思えないけどね。  「再見!(ツァイチェン)」
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

聞き飽きた言葉…「一枚岩」

民主党代表選挙は、菅首相が小沢前幹事長を破り再選した。

最後は必ず、「我々は一枚岩である」と末尾を強調する。
それは一枚岩になれないことを、証明しているかのように聞こえてしまう。
そう思う理由は、人の心(気持)ほど、当てにならないものはないからだ。

組織で言えば、志を同じくした瞬間は真実だと思う。
しかし、人の心は変わるもので、微妙に結束感が薄らいでいくことも事実だ。
粗く言えば、組織には権力の行方に敏感な、“なりすまし”が存在している。
時と人を嗅ぎ分け、電卓を忍ばせている存在は要注意である。
それは最初に志した真実を、嘘っぱちにすりかえてしまうからだ。
内輪揉めが多い組織は、こういう存在が裏で志をかき回していたりする。
その意味で一枚岩などあり得ないし、私は調子のいい人間が嫌いである。

だが、一枚岩が機能する場面が1つあると思う。
それは組織内に向けてではなく、組織外に共通の敵が現れた時に一枚岩になれるのではないか。
言葉は、運命共同体でもいいかも知れない。(運動会などのイメ−ジがわかりやすいと思うが)
民主党が政権を奪取した時、初心はこんな気持だったと思うし、世間の流れは偶然ではなかったはず。
人の心は変わりがちだが、今の日本はもう「志」を信じるしかないんだから。

私は支持政党もなく、政治的な話はしないが、この年齢で「傍観者」ではいけないと思っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月14日

凛とした女性の美しき攻防

このところ毎晩、自宅で録画した“世界柔道選手権”の画面に見入っていた。
特に大会4日目「女子48s級/福見−浅見」、「女子52s級/中村−西田」日本人同士の決勝戦。
その「美しき攻防」に裏打ちされた、女の生き様に強く心を打たれたので、少し触れておきたい。

昔から日本人は、男女とも本番に弱いことが通説めいている。
その理由はプロとして、「型」がないからだと思う。
プロは目標に対してストイックであり、本番で結果を出すことが至上である。
その点、アマチュアは敗戦の談話さえ用意しておけばいいので気が楽だろう。
況して、その談話に同情したり、負けた理由をファンの視点で有利に代弁する輩がいる以上、その選手やチ−ムは、けして強くはなれない。
つまり必死さのレベルが、プロとアマでは違うのだ。

彼女たちは、マスコミやファンが作り上げた【スポ−ツ芸能】の世界で生きていない。
いや、寧ろその世界を拒んでいるような気がしてならない。
強さに関係のない、「無駄な美しさはいらない」と、割り切っているようにさえ映る。
群れたり、はしゃいだり、言い訳したりせず、寡黙に勝つことを目標に貫いているかに思えるのだ。

柔道は他の競技と比べて、顔や肌身に生傷が絶えないし、ファッション性も可哀想なくらい乏しい。
彼女たちは若さや女をウリにせず、頑なまでに勝負に対する「型」を感じさせられるのだ。
なんて言うか、あの若さで“昭和のおふくろ”のように、凛としているんだよね…

その反面、最近は男の方が試合で勝っては“ウルウル”、負けては“メソメソ”する選手が多い。
こみ上げる気持は分かるが、泣くときは誰もいない場所で独りで泣くのが、男の意地だと思うけどね。

「今こそ、凛とした、女子柔道選手に学ぼうぜ」 …私が言いたいのは、そこなんだ!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月12日

君は新潟の仮面ライダ−を見たか

何年も前から、“新潟に仮面ライダ−が出現する”噂はよく耳にしていた。
11日、ついに見事な全身コスチュ−ムで、やすらぎ堤を一人で歩く姿を目撃した。
そんな仮面下の素顔は、誰もが気になるところであろう…

人が人を判断するモノサシで見れば、確かに仮面ライダ−の正体は「変わり者」扱いされてしまう。
だが、こういう親愛を感じさせる「メジャ−な変わり者」は理解できる。

それを見た人は、家庭の食卓で「今日、仮面ライダ−を見たんだよ…」と口々にするだろう。
そんな会話で少しは家庭が和んだり、微笑んだりできるものだ。

その正体は単なる目立ちたがり屋ではなく、自分にできる個性を発揮しながら、社会に役立ちたいと思っているのかも知れない。
そうならば、許容するのが健全な地域の在り方であり、コミュニケ−ションで社会に役立っている。
時には、悪いショッカ−のような「マイナ−な変わり者」も出現するが、私は昔から「メジャ−な変わり者」は、応援したくなる性質である。
きっと、彼には彼なりの“立派な個性”があるんだろうね。
またどこかで、目撃したいと思っている。

だが、その正体は何を隠そう…へぇ、へぇ、へぇ、この私だ!           と、言うのはうそだ! 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月09日

あの変な踊りはなんじゃらほい?

勝負(スポ−ツ)は、対戦相手に敬意を示す意味でも、その振る舞いは硬派であってほしい。
心理戦など最も嫌いなことであり、古い体質と言われようが、譲りたくない部分だ。

先日、サッカ−国際親善試合で日本はグアテマラに2−1で勝利した。
だが、先制点を決めた後、あのヘンテコリンな踊りはナンジャラホイ!
本人はム−ドメ−カ−のつもりらしいが、ああいうマネは日本人の気質には似つかわしくないので、即刻やめてほしい。
さかのぼれば、三浦カズがゴ−ルを決めるたびに、妙な踊りを披露していた時があった。
それを見ながら、「この男は“〆サバ”でも食って当ったんかいな?」と思っていた。

大体、ゴルフの石川遼がパットを決めた瞬間、コザックダンスを踊るか!
女子柔道の塚田真希が一本勝ちを決めた瞬間、阿波おどりをするか!
会議の席で社長が業績が良かったからといい、佐渡おけさを踊るか!

日本には日本人として、格式ある表現があり、必要以上にはしゃがれると興ざめするもんだ。
どうせやるなら、日本中を爆笑地獄に叩き落すぐらいのパフォ−マンスをやればいい。
W杯が終わって、監督も代わった今、寡黙ながら迫力のある日本チ−ムになってほしい。
その方が、底知れぬ強さを秘めているようで、世界から軽く見られないはずである。
今がちょうどそのイメ−ジに切り替われる、グッドタイミングだと思うんだけどな。

結論。 ガキのサッカ−じゃあるまいし、プロがいちいちはしゃぐな!
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月07日

復活よりも神話であってほしい

40歳以上を主なタ−ゲットに、復活(再結成)ブ−ムが仕掛けられているらしい。
何でも、ピンクレディやビジュアル系バンドやら、再結成が目まぐるしい限りだ。
私は懐古趣味はないので、ブ−ムに乗せられることはないが、どこか空々しく感じてしまう。

そもそも解散は解散、引退は引退であり、お約束なんて二言はないと思っている。
それはもう、多くの感動を残して燃え尽きたのだから、いささかの傷もついてはいない。
その意味でやすやすと復活してほしくないし、もう映像でしか会うことができない存在こそ素敵なんだ。

だから、山口百恵は神話として、語り継がれているのである。

今となって、ピンクレディのミ−ちゃんの“腰フリフリUFOダンス”なんて見たくもない。
見るのであれば、年相応な悩ましい妖艶さの方に惹かれるけどね。

それを間違えると「白雪姫」こと、天地真理のような“パニック復活劇”になっちゃう訳よ。
あの夜、私は夢の中でうなされ続けた う〜…あれは確かに、ド・レ・ミ・真理ちゃんだった! (T_T)/~
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

拉致対輪ライブ in新潟

4日午後、万代市民会館で北朝鮮に拉致された被害者家族である、蓮池透(兄)さんらによるト−クライブ(拉致対輪ライブin新潟)に参加した。(2009.11.17.参照)

テ−マは日朝平譲宣言から8年経過する今、「拉致問題解決への新たな道」と題され、多くの聴衆が訪れていた。
その模様は新聞で報じられていたので、スピ−チライタ−のようなことは記さないが、客席後方から見て感じたことを手短に語る。

過去、蓮池氏が出版した手記のくだりで、“新潟の選挙区から出馬する予定候補者らが、選挙戦を有利に運ぶためのパフォ−マンスに利用された”と綴られていた。
今年に入り、蓮池さんが家族会から除名させられたことは記憶に新しく、今後は立場と場所を変えて、拉致被害者救出の支援活動に回っている。
目的は家族会と同様ながら、その解決方法に異論を呈しているだけなのに、考え方が違うという理由から、無関係にされてしまったことは遺憾であろう。

その会場で違和感を覚えたのは、拉致被害者救出活動を自身のスロ−ガンとして掲げていた議員たちの姿を、ほとんど見かけなかったことだ。 
現職議員は、政権の交代で情熱を失ってしまったようにすら思えてしまう。
元議員は、今度は一市民として支援できる立場なのに、もはやト−ンダウンしているようにも映る。
代役が参加したか、後に録画を見るのかも知れないが、結果的に姿を現さなかったことは、時々における“票集めのパフォ−マンスだったのかな”と頭を過ぎる。

何となくたどり着いた1つの結論の中に、“喉元過ぎれば熱さ忘れる”のかと思った。
同時に、“行動は言葉ほど雄弁”である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月03日

銭湯へ行く理由…

新潟市の事業仕分けで、公共浴場補助制度が廃止と判定された。

その賛否は問わぬが、銭湯の番台で署名した者として、情緒的に一言。
昔から、銭湯・本屋・映画館は街の文化を象徴していた。
だが、新潟市民はいつもこうなんだ!

小手先の流行や利便性ばかりを求め、味わい深いものをいつもほったらかしにしている。
それがいざ、消え行くことになると、途端に「寂しい」などと言い出す始末だ。
今年の、[新潟大和デパ−ト]や[北光社書店]の閉店などは、最たる例である。
だいたい、近場に住む人ですら、郊外型のパワ−センタ−に出かけていた。
その言い分は、「欲しいと思うモノがない」「駐車場が不便」「一箇所で用事が済まない」とは聞くが、日常の生活範囲には頻度というものがあり、年がら年中同じ理由だとは到底考えられない。
ただ、近場の有効活用を知らないだけであろう。

つまり、新潟市民は新しいものにすがりつくだけで、文化に対して「冷たい」のだ。
それでいて、内面を悟られないよう、センチなことを言って対面を取り繕っている。
そういうことが、心にもないことだっていうの。
そう感じさせるのが、閉店ともなると今まで何年も行かなかった人達が押し寄せ、昔行った経験をまるで今でも行き続けているかのように、寂しさを語っている気がしてならない。
うそつけ! 閉店セ−ルで安いからだろう… そんなもんだって。
それを言うことが許される人は、たとえ頻度が低くても「利用している人の寂しい」であり、同じ寂しいでも、訳が違うのである。 (2009.10.15.参照)
そういうことが、キレイごとだっていうの。
なくなってからじゃ、遅いんだよ。

話を銭湯に戻すと、私は家風呂以外でも、古き昔ながらの銭湯へ行く。
この先、銭湯の補助金が廃止され、もしも銭湯の経営が立ち行かなくなったとしても、私の「寂しい」は、『利用者の寂しさ』であることは、自信を持って言える。
銭湯代金僅か¥390で味わえる文化を、次世代に残したいと思わないか!
若者も同世代だけでなく、たまには銭湯に出かけて50〜60歳代の年配の方々と、同じ湯けむりで過ごしてみなよ …そこには昭和の良き風物があるから。

私は街角文化が消えてほしくないから、銭湯へ行くのである。

自転車で小さな石鹸箱を“カタカタ”鳴らしながらね…
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Shower Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月01日

9月のお知らせ

 9月 定休日 
   5日(日) 12日(日) 20日(月) 
 
< 19日 (日) 祝前日 通常営業 >
< 23日 (木) 祝日営業 深夜1:00 >
< 26日 (日) 日曜営業 深夜1:00 >

 住所   新潟市中央区東大通2−9−5
 電話   025−247−1644
 営業時間 19:00→深夜3:00
 定休日  日曜日 (祝前日営業/月末日曜は営業)

 夏の終わりにて…

昼間、フト立ち止まった歩道の足元にセミの死骸があった。
気がつけば、セミの鳴き声はもう聞こえてこない…

セミの儚さは、高い木の上で夏の到来を告げ、秋の気配とともに消えていく残映感である。
それは四季を通して、セミはセミの役割を果たし、秋につないでいく務めがあるからだ。
植物も含め、日常で風物を感じなければ、味のしないガムを噛み続けていることと同じであろう。

残暑はまだまだ厳しいが今日から9月。
夏のフェ−ドアウトを感じながら、静かに秋の到来を待っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Infomation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする