2010年01月29日

野球の鳴り物応援について

プロ野球の“鳴り物応援”が議論されているらしく、早くも一部の球団では禁止に踏み切ったと知る。
個人的には、野球場へラッパや太鼓を聴きに行く訳でないので、やかましいと思っている。

野球やサッカ−は大衆娯楽である以上、家族や子供が多く観戦に訪れる。
加えて、老人や身障者の方でも安心に観戦してもらうため、今ではバリアフリ−やスロ−プなどの設置はごく当たり前になっている。
その観戦の在り方は自由だが、家族ぐるみでお揃いのユニフォ−ムやメガホンを持って、応援に興じる自分自身の姿はありえない。
それは運動会のような教育現場とは異なり、興奮状態になりやすい外野応援席へ家族を連れて行くことは、親として防衛本能が働くからである。
では比較的、静かな内野席周辺ならいいが、値が張るので頻繁には連れてはいけない。
その理由で、家族が落ちついて観戦できる場所は限定されてしまう。

私の理想は静かに観戦しながら、子供にル−ルを教えてあげたり、試合展開を予想し合ったりして、いいプレイには大きな拍手や歓声を送ったりすることだ。
もちろん家族一丸でエ−ルを送り続ける応援もいいが、語り合いながら観戦するのも、その家族の小さな幸せである。
真っ向から鳴り物応援は否定しないが、子供を脅かすような応援だけは慎んでほしい。

チアガ−ルはどうかって…? 美しいものはいいでしょ!
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2010年01月28日

箸の使い方と茶碗の持ち方

理由があり、某老人介護施設を訪れた。
そこで見た光景は、箸の使い方と茶碗の持ち方がきれいな老人達の食事姿だった。

昔はどこの家庭でも、食事のしつけは理屈抜きに叩き込まれた。

  「食事の時は肘をつくな」
  「口元でクチャクチャ音をたてるな」
  「同じおかずばかり食べるな」
  「食器はしっかり持って食べろ」
それこそ、おかずに文句など言おうものなら、「じゃあ、食うな」と皿を下げられたものだ。

家庭教育は挨拶を含め、食事作法も躾られた子供が多かった。
口うるさいのは母方だが、空気を締めるのが父方の役目で、食事の時間が子供の成長を促したと思う。

その教えを受けた世代は、何でもありの居酒屋飯やジャンクフ−ドに慣らされすぎて、はたして次世代に箸の使い方を教えられるだけの力はあるだろうか?

…あらためて、箸の使い方を復習した。
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2010年01月22日

大相撲観戦について

大相撲の魅力は、静かに仕切りを合わせる所作の美しさにある。

昨日、久しぶりに大相撲中継を見たが違和感を覚えた。
館内の純粋な応援は力士の励みとなるが、野球の外野スタンドのような“しこ名コ−ル”がこだまするのは、本当にやかましいだけだ。
どうやら九州場所の影響が、お膝元の両国国技館でもおきはじめた。
相撲は日本の伝統様式美であり、仕切りは侍の孤高な精神を体現しているのだ。

私は若貴ブ−ムの頃、館内に黄色い声援が飛び交っていたり、裕福層のうさん臭い趣味に利用されていたので、相撲観戦からいったん遠ざかっていた。
理由は単純に下品でうるさくなったからだ。
例えば、野球好きはボ−ルの捕球音や打球音に耳を澄ませながら観戦していると聞くが、感覚的に少し似ているかもしれない。
要するに相撲も野球も瞬間や区切りの流れの中で、大きな歓声や賞賛を送ってあげればいいのだ。
それに土俵に座布団を投げるような奴は、球場にメガホンを投げ込む連中とさほど変わらない人種だと思うね。
大相撲人気は復権してもらいたいが、酔っ払いの宴会場みたいなノリは勘弁してほしいし、相撲ファンのレベルはその程度だと思われたら、日本が世界に誇る国技としては恥ずかしいわな。

形の美しさも求められる格闘技は他にないからね。
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2010年01月21日

小林繁のプライドに学べ

元阪神の小林繁投手が急性心不全の為、57歳の若さで死去した。
誰もが思い起こすことが、79年江川卓との電撃トレ−ド問題だろう。

巨人の常識は、力と金で強権的に球界を支配していた。
“無理が通れば道理が引っ込む”…そんな象徴的な社会問題だったと記憶している。
特に印象的だったのが、小林投手が記者会見で(放出されたことに対して)、「同情されたくない」と言い放ち、潔く移籍したことだった。
声を大にして言いたいことや、ぶちまけてやりたい大きな怒りもあったと思う。
それでも、小林投手は何も言わずに黙って巨人を去って行った。
その後の移籍先となった阪神での活躍は、野球ファンであれば知る所である。

中学生だった当時の私が、判官びいきになった瞬間でもあった。
それから、どこか強い存在に対して、向こう見ずな激しい怒りをぶつける時期がしばらく続いた。
今思えば、大人社会の不条理を少し嗅ぎ取った年齢だったのかな?

プライドがある男ほど迷いがない…それが小林繁の生き方だったと思うね。
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2010年01月17日

ハイチ大地震の報道について

今日17日、阪神淡路大震災から15年の追悼日である。
そして、ハイチでは国が崩壊するほどの大地震が起きた。

自然の猛威に対して、人間の備えには限界もあり、被害を最小限に食い止めるためには、懸命な救助活動しかない。
だが、人間のはかなさは緊急事態で分かるものだ。
被災国の治安にもよるが、被災者は人間の生死を目の当たりにしながら、ストレス感情に振り回され、暴動や略奪、偽善的な詐欺行為の横行などにより、健全な精神のメカニズムが病みやすくなる。
報道の受けて側も、建造物の破壊や犠牲者の映像にはおののくものの、治安の悪化と対策も同時に認識することが、地震国日本にとって教訓になるはずだ。
その意味で、災害時の感動秘話などは勇気を与えてくれる反面、本当に伝えなければならない、“負の部分”にフィルタ−をかけてはいけないと思う。

裏ではどんなことが起きたのかを、もっと知らせる必要はある。
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2010年01月15日

バ−での人間力

動物は本能的に相手が強いか弱いかを見抜くという。
それが初対面の人間同士であれば、相手を知る上で、会話(言葉)が重要な役割を果たすと思える。

今現在と違い、開店当初は仕事とはいえ、骨身に染みてストレスを感じることも多かった。
それは初対面にも関わらず、タメ口でプライベ−トな質問を、根堀り葉堀り聞かれたりすることが、とてもうっとおしかった。
そこに、他意と思しき質問が含まれていれば、なおさらうんざりしたものだった。

別に、秘密主義ではないのでサラリと答えていたが、あまり気分のいいものではない。
中にはそれをフレンドシップとして、嬉しいと感じる店主もいるだろうが、私はそんな奇特な喜びを感じたことは一度もない。
なぜなら、初対面には初対面なりの間合いがあり、人間関係とは熟成させることだと思っているからだ。

どこの店でも煙たがられるのは、自意識過剰で言葉と態度に悪癖があるタイプだ。
本人は王様気取りだが、どこかで誰かが早く、裸の王様に服を着せてあげないと始末が悪くなってくる。
それが不幸な出会いならば、毅然とした態度を取らざる得なくなる。
生々しいが、人として“基本構造に欠陥のあるタイプ”に、思われても仕方がないだろう。
そういう人は、回遊魚のようにあっちこっちの店へ行き、その“悪癖が通用する店”に居座るのがオチだ。

お店で大事なのは人の風景であり、その人の支払い金額と人間の価値は全く無関係である。
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2010年01月12日

強盗を取り押さえた男?

先週末、新潟出身で東京在住の友人から電話が入った。

何でも、正月明けの職場に強盗が押し入り、女性従業員に刃物を突きつけて金を要求したところ、他の男性従業員がモップで刃物を叩き落して、取り押さえたとのことだ。
(首都圏ニュ−スでは大きく報道された模様)
その説明が結構リアルなので、てっきり本人が取り押さえたものだと思って聞いていたが、それは違って連携対応で一役買ったらしい。
それはそれで、正義感溢れ自覚ある行動であり、ケガもなく友人として安心した。

だが、彼を知る私からしたら、「調子こいて」こんな言動をしたとか…
  ・直接犯人を取り押さえていないのに、「まいったか」と叫んだ?
  ・警察に犯人の身柄を引き渡す際、なぜか代表気分になっている?
  ・警察の現場検証に身振り手振り、積極的に立ち振る舞っている?
  ・テレビ取材は全面顔出しで、余計なことをペラペラ喋りまくる?
  ・マスコミに聞かれてもないのに、プロフィ−ルを紹介している?
  ・勝手に記者会見のリハ−サルとセッティングをはじめている?
  ・事件後、なぜかプライベ−トで変装し裏道を歩くようになった?
そんな彼こそが“昭和50年代・伝説の新潟下町ガキレンジャ−隊長の関口”である。

あんまり若くないから、熱くなるなよ(笑)
…どこか哀しくも愛しい中年男は、今日も一生懸命どこかで生きている?
posted by GIG at 14:34| 新潟 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月11日

新人類からの伝言

昨年は成人式の報道について、怒り半分で書き殴ったので、今年はおとなしく棒引きしておこう。

某客様のお話によると、人間の精神年齢は実年齢の七掛けらしい。
単純に新成人であれば、29歳でようやく頭が体に追いつくということだろうか。
その根拠は判らないが、ここまでの世事を知れば満更、否定はできないだろう。

それに関連させて、最近10年間で20代の自殺者が急増しているという。
原因や動機はともかく結果として、これからの世代が自殺という短絡的な選択肢に向かってしまうのは、何ともやりきれない。
青春時代が違うので、若者像も違って当然だが、生に対する意識は不変である。
その背景まで語ったらキリがないのでふせるが、無責任に死ぬことは残された者に、どれだけの苦しみを与えるのか考えてみたらいい。
生きていれば、価値観は自然に出来上がってくるものだと思うし、大人という時間を経験せずに、自分の人生を断ち切ることは逃亡でしかないだろう。
かつては、“新人類”と呼ばれた我々世代でも、「真面目なことは恥ずかしがらず、しっかりと伝えていかねば…」と思うようになっている。

哲学めいたことを言うようだが、精神年齢は社会とか人などではなく、自分が創り出すと思うけどね。
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2010年01月05日

Jazz Talk Vol.1

新年最初の題目はジャズでスタ−トしたい。

東京在住時、国内外の有名無名とりまぜて、数多くのライブを至近距離で聴いた。
東京は非凡の宝庫でプロを志した若者も多く、その演奏は闘志むき出し、ソロも真剣そのもの、急場なギグでも敏感に反応できる柔らかさがあった。
ライブの醍醐味はスピ−ドとテクニックに解釈されやすいが、実は完成度の高いプレイヤ−ほど、スロ−バラ−ドの質も極めて高い。
それこそ、少ない音で全てを語るように表現するには、メンバ−との呼吸が大切で、グル−プとしての聴かせどころである。
ジャズは動と静のバランスであり、巨匠どころの代表曲がスロ−バラ−ドにあることから、静の音楽性は評価を受けるところであろう。

現代ジャズの超技巧派ピアニストとして名高い“ミシェル・カミロ”のように「これでもか!これでもか!」と、弾きまくる彼がイヤミにならないのは、スロ−バラ−ドの“深さ”も知られているからこそ、ファンに支持されていると思える。
このように、動の上手さに加えて、静の深さをもつジャズマンは人の心を惹きつけて離さない。

至近距離で聴いた持論ながら、この考えはどうやら不変のようだ。
posted by GIG at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

2010 謹賀新年

1月の定休日
1日(元日)  3日(日)  11日(月/祝)  17日(日)  24日(日)
<10日(日)祝前につき営業/31日(日)日曜営業致します>

お知らせ
 定休日は日曜日ですが、当面は月末“最終日曜日”のみ営業致します。

ブレンディッド入荷しました
 ディンプル 15年
 ロ−ヤル・サル−ト 21年
 ベルズ 20年

謹賀新年
旧年中は格別のご愛顧を賜り厚くお礼申し上げます。

大晦日から元日にかけて除夜の鐘と共に、旧年の失敗が消されていくと言われています。
もしかして正月こそ、人が性善説に立ち返れる日かも知れませんね。
しきたりは廃れつつありますが、人の顔が穏やかに見えるのは、年頭祈願の表れからでしょうか。
その意味で伝統や習慣は大切にしていきたいものです。

本年も変わらぬご愛顧とご指導のほどを宜しくお願い致します。
posted by GIG at 00:40| 新潟 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | Infomation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする