2009年08月21日

投票は誰もができること

衆議院選挙の投票日まであと10日。
有権者が各党にどう審判を下すのか、私も当事者意識を以って一票を投じに行く。

選挙には直接関係ないが、政治に関する庶民的なエピソ−ドである。
若き頃、取引関係の担当者Aと名刺を置いて、二人して新宿で飲んだ時のこと。
彼は某大学の政経学部出身であり、その豊富な知識を武器にディベ−トは強かったと思われる。
だが、彼の弱点は、その豊富な知識をひけらかすような口調が、時に周囲をしらけさせる名人でもあった。
そして話題が政治に移ると俄然と弁が立ち、周囲の空気を読まずに延々と政治批判するので、あえて話題を切り替えても、しばらくするとまた元に戻る始末である。
「まいったなぁ〜」と思っていた時、隣の席でおとなしく飲んでいた40歳前後と思しき中年が割って入ってきた。

(中年) 「君達、政治のこと詳しいようだから聞くけど…」
(私)   <二人称かよ、だから言わんこっちゃない> (心の叫び)
(中年) 「国民の三大義務って何だい」<Aに聞く>
(A) 「納税と労働、あと、う〜ん…」
(中年) 「じゃあ、選挙には行ってるの」
(A)  「投票に行っても変らないですよ」
(中年) 「何で」
(A)  「政治なんて所詮、狸と狐の化かし合いみ…」
(中年)   <途中で言葉をさえぎって>
(中年) 「ビ−ル1本つけてやるから、黙って飲んでろ!」
(私) 「ありがたくいただきます」
(A)   <何で?>

断片的だが、こんな会話だった。
今振り返れば、Aは大卒のプライドが高く、ペ−パ−レベルをひけらかすことに酔っていたようだ。
方や中年は、そんなAの何の役にも立たないプライドを軽く傷つけることで、社会人としての自覚を高めさせたのかもしれない。
つまり、Aは評論家気取りだったが、実はその中年から逆に評論されていたのだ。

私が選挙に行く理由は、08年12月16日のブログにアップした通り。
だが、どの党の誰に入れたかなどは言うつもりはない。
posted by GIG at 04:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする