2017年08月22日

無題雑記 91

♪  「 遠い夢 捨てきれずに 故郷を捨てた‥ 」 歌い出しは間違いないかな ?

24時間テレビ 「愛は地球を救う」 とスポンサー提携をしているスーパーへ行くと、谷村新司が歌う 「サライ」 が、よく流れている。
売場スタッフも、黒 白 黄色 それぞれのTシャツを身につけて、イベントムードを盛り上げていた。

それにしても、日照不足の影響で、葉モノ野菜を中心に値段が高かった。
特売日でなかったら、もう少し高いだろうから、レジは主婦を中心に行列をなしていた。
この先、果物も少し高くなるかもな。

雨が降りだしそうで降らない、ぐずついた夕方。
エコバックを4袋、自転車のカゴとハンドルにぶら下げて、雨雲を気にしながら帰宅。

今夜 (22日) 降るだろうか
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2017年08月20日

Karen Souza (Vo)

女性ジャズヴォーカリスト 「カレン・ソウサ」 のアルバムを2枚、お客さんに聴かせてもらった。

詳細は省くが、今の時代、ジャズしか聴かずに歌う人はおらず、おそらくポップスやロックをベースに、「ジャズも歌う多才なタイプ」 が楽曲をジャズ風にアレンジしている。

手垢のつきすぎた、ジャズのスタンダードを繰り返すより、あまりとりあげられてない楽曲、オリジナルを有することも多いが、陥りやすいこともある。
俗に 「ウタモノ」 に限らず、甘いムードを漂わせすぎると、独りよがりの 「うっとりアルバム」 となる。

第一線で活躍する人の共通項は、表情が豊かである。

コンセプトはあるもの、アップテンポを得意とする人、テクニカルにフレーズをもてあそんだり、スキャットやフェイクを隠し味にする人、バラードを持ち味にする人など趣向はあれ、今の時代はひとつの傾向に偏り過ぎると一部にはウケるが、自らの活動を狭めることもあろう。

そこに、ピリピリする緊張感は必要ないが、1〜2曲は実力を示す代名詞 (楽曲) があれば、繰り返し聴くだろうし 「これを歌わせたら、気持ちに響くなあ」 そんなならではの記憶を刻んでいる。

「カレン・ソウサ」 は、好みもあるが、好みが割れるのが 「女性ヴォーカルの奥深い世界」 である。

春夏秋冬で 「好きなアーティストの名前が変わる」 ほどだからね。
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2017年08月19日

居直り対応

報道には、悪意もひそんでいる。

数日前、寝つけず、朝の情報番組を見ていた。
「このハゲー」 で有名な豊田議員の秘書になった、青森の町議に理由を確かめるべく質問をしていた。

そのインタビューの風潮は、奇特な方向に舵を切りはじめている。

ネット社会の悪影響もあるが、町議へ 「その髪はかつらですか」 とマイクを向ける。
質問の意図は、ハゲと髪をかけたウケ狙いだが、視聴者の疑問と言えば、大義名分はいくらでも立つ。

質問するリポーター然り、それを言わせるプロデューサー、放送倫理を審議する機関など、形式だけの社内監査みたいで、情報番組とはいえ、バラエティーの悪乗りは気持ちのいいモノじゃない。

「また、ステレオタイプのバカが来たよ」 と内心は思っていても、立場上答える側だけは、大人の対応をしなければならないのが、つらいところだと思う。

仮に本当にかつらだとしても 「はい、これはかつらですけど、なにか問題ですか」 あるいは 「それを知って、なにをしたいの」 と逆に突っ込んでいいし、ついでに 「スポンサー契約に問題でませんか」 ダメ出しをしてやればいい。

それを世間では 「ズバッと鋭く切り込む人」 と呼ぶらしいが、お神輿に乗せられているだけのこと。

十数年前、グルメブームというの名の 「グルメリポート」 のときもそうだった。
グルメでない人が、舌なきリポートをして、ネット上 「食べる価値なし」 と平気で投稿していた。
今は、あら探しは恥ずべきことに気づき、言動に抑制がかかったが、また俗物テレビがあおっている。

ボクらは 「食事は黙って、感謝して食べろ」 と言われた世代。
うまい、まずいは、自分の味覚と感性をもとに、自分の中で思ってればいいし、美味い表現上の語彙は大事だが、まずいと文句ばかり言っていたら、周りがイヤな気分になるでしょ。

グルメブーム、ワインブームの頃、情報にすがりつくだけで、市場が幼稚になったと思う。
相手によっては、好きな料理は 「ゆでたまご」 トッピングは 「塩」 と答えて、会話を避けていた。
さっきのインタビューと同じで、時には 「居直る対応」 も必要なんだ。

自分の生活と関係のない質問で、相手を不快にさせるぐらいなら、黙っていた方が利口じゃないか。
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2017年08月18日

無題雑記 90

昼下りの寝室に、廊下を挟んだリビングから、渡辺真知子の名曲 「ブルー」 が微かに聴こえてきた。

そのあと、掃除機の吸引音が迫ってきたので、次は寝室の掃除がはじまることを暗に告げられた。
いつからか、わが家は音楽を流しながら、掃除をするのが、習慣になってしまった。

カーテンを開けたら、外は夏の光に彩られた、洗濯日和である。
寝覚めのシャワーを浴びたついでに、浴槽の残り湯を洗濯機に23杯入れて、スイッチを全自動にした。

午後3時に予約してある、美容室へ行くため、身支度を済ませて、自転車を走らせる。
午後4時には終わり、コーヒーショップで気分を整えてから、スーパーへ買い物に向かう。

購入商品は決めてあるので、手早くかごに入れて、エコバックを自転車の前かごに積む。
信号待ちをしていたら 「道行く人たちの影が長くなっていた」 ことに気づかされた。

もう、夏は終わっている‥
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2017年08月17日

くじ運

「くじ運」 は、そんなにない方ではない。

スーパーで、買い物金額に応じた 「大抽選会」 を行っており、この日は抽選箱に2回手を入れた。
ハズレのポケットティッシュのあと、三等 「500円商品券」 を当てた。
欲をいえば、鐘を鳴らして欲しかったなあ  ( `ー´)ノ

クジに必勝法はないが、何も考えずにサッと引くと、不思議と女神が微笑んでくれるんだよね。
そのいきおいで、宝くじや馬券を購入したらいいと言われるが、まずギャンブルに興味がない。
だから、意気込んだり、期待もしないから、負の感情がなく、いつも涼しいものだ。

「取らぬ狸の皮算用」

手に入るかどうかもわからないのに、それを当てにして計画を立てない。

常に心のギアは 「ニュートラル」 であるが、抽選後に一等 「現金3万円」 と聞いたら、何食わぬ顔でドキッとし 「ここで、運を使ってなるものか」 と、別な方向に欲が奮い立ってきた。

「武士は食わねど高楊枝」

武士は食事ができなくても、食べたかのように楊枝を使って見せる、男のやせがまん。
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2017年08月16日

夢 枕

めったに夢を見ることのないボクが夢を見た。

昔から、お盆には 「死者が帰ってくる」 言い伝えがある。
寝覚めのシャワーを浴びていたら、昨夜 「見た夢」 を思い出した。

どこかわからない、地下の酒場で二人で呑んでいた。
それは楽しい夜で、酔いに高揚した会話で、笑いも尽きない。

だが、一緒に呑んでいる相手が、だれなのかわからない。
だけど、昔から知っているような気がしてならない男だ。

夜道を二人で肩を並べて歩いていると、この時代に似つかわしくない、古い木製の電柱が立っていた。
裸電球が雨笠におおわれている、あの古めかしい街灯だ。

街灯の下に立ち止まったとき、その灯りで相手が 「よっちゃん」 であることを知った。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/227586021.html

そして、彼は真面目な口調で 「オレ、余命が短いから、また、つきあってくれよ」 と言った。
ボクは 「クルマを借りて、地平線まで続く、フリーウェイを吹っ飛ばすか」 と答えた。

すると、彼は人懐こい顔を向け、いつのまにか姿を消していた。
そこで、夢は途切れて、後先のことは、さっぱり思い出せない。

おぼろげだが、枕を涙で濡らしたような気がした。

ボクの心の中では、まだ 「よっちゃん」 との交流は続いている。

(映画 「最強のふたり」 オープニング場面)
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2017年08月15日

アブラゼミ

翌朝まで、ロンドン世界陸上と全米オープンゴルフを見ていたので、月曜の寝覚めは午後2時だった。

部屋の窓を開けたら、網戸に 「アブラゼミ」 が止まっていた。

腹這いの黒い体に目を凝らすと、褐色と透明のハネが飴細工のように見えた。
別名 「夜鳴きゼミ」 とも呼ばれ、夕方になると 「ジリ・ジリ・ジリジリジリジー」 と鳴くタイプ。

しかも、人の気配があるのに逃げようともせず、どっしりと網戸にしがみついている。
そのうち 「ジリジリジリー」 と鳴き出し、部屋中、アブラゼミの音が響きわたる。
うるさいから、網戸を右手の中指で強くはじいて、すっ飛ばそうとしたが‥  やめた。

セミの寿命は、一週間だという。
その間、天敵のカラスなどに襲われることもあろう。
下手にかまって弱らせ、余命を短くすることに気が引けて、うるさいがそのままにしておいた。

お盆期間も後半となる、今日15日は 「終戦記念日」
1945年 6月の戦時中、鹿児島 「知覧特攻隊」 を舞台に描いた、実話小説 「ホタル帰る」 のように 「もしかしたら、故人がセミに宿って、会いに来てくれたんじゃないか」 と思うと、殺められない。

こういうところは 「牧歌的」 に感じちゃうんだよな。
そんな、店に向かう寸前まで鳴いていたセミは、深夜に帰宅して網戸を見たら、どこかに消えていた。

今思えば、捕まえて、天ぷらにすりゃよかったな (笑)
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2017年08月14日

仲間のいる街

祖先の霊を祀る 「お盆」

遺影を前に、ろうそくに火を灯し、線香を上げ、鐘を鳴らして、手を合わせる。
宗教的な思想とは無縁だが、粛々と受け継がれてきた 「型」 は、大事にしたいと思っている。

上りの帰省ラッシュがはじまった。

東京在住時、お盆は帰省時期をずらして、夏の終わりにクルマで新潟を往復していた。
午後にホテルへチェックインすると、すぐに海水浴へ出かけ、夜は古町で過ごすパターン。

一人で帰省するときもあれば、助手席に人を乗せたときもあり、時節で交通手段は違えど、帰り道では 「時間が迫ってきたなあ」 と感じていた。

この週末、店に複数の帰省客がお見えになった。

それは自分はどこで、だれから生まれて、ここで育って、どんな経験をして、この新潟を後にしたのか、誇りのような心境もあると思う。

そうでなきゃ、時間と旅費を無駄に使うわけはないし 「若いとき、さんざん世話になった街だからさ‥」 そんなことをサラッと言えたら、かっこいいだろうね。

「仲間のいる街」 があることは、人の存在を支えてくれる‥  稲田 (仮名) また、来いよ !
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2017年08月13日

初 盆

「初盆」 となる、わが家。

和室の遺影に、メロンと桃、梨にキュウイ、ドライフルーツと花をお供えした。

新潟県民は、お盆 「13日」 を、家で過ごしていることが多い。
「この日ぐらいは、墓参りをして、家にいないと」 そんな真面目な県民性を感じる。

東京在住時、同僚に 「盆はどうするの」 と聞くと 「たまには帰ってこいと言われてる」 そんな返答が多かった。

お盆明けの昼休みになると、女子更衣室からは、廊下にまで響くほどの高らかな声と大きな笑い声が、旅の思い出とともに聞こえてきた。

一方、ガランと静まり返った、白昼のオフィスでは、デスク越しに 「最近、一人暮らしのおふくろが‥」 そんなため息も聞こえるようになり 「ああ、わかるよ、笹団子でもどう」 と空中に放る。

慣れない笹の皮をむきながら 「えっ、新潟なの‥」 と聞かれ 「何の変哲もない、新潟市内だけどさ」 他愛もない言葉をとりかわす。

お盆が過ぎると 「望郷の悩み」 がしみてくる。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/441006904.html

今では 「家族の峠」 を看とり、わが家は二人きりになって、もうすぐ一年が経つ。
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2017年08月10日

原爆の日

夏の行楽、真っ盛り。

花火に海水浴、お祭りなどの催しを含め、楽しさは満載であろう。

では 「8月9日」 は何の日か、どれぐらいの人が歴史を認識してるだろうか。
1945年 8月6日の広島に続いて、9日は長崎に2発目の 「原爆を投下された日」 である。

ボクはもしかしたら、この世に生を授かっていなかったかもしれない。

それを今から、お話する。

去年の夏、82歳で死去した、父親の生まれ故郷は 「長崎」 である。
そのとき、父は小学5年生で、原爆の投下地点から住居が離れてたので、被爆者にはならなかったが、あの頃は放射能の怖さをだれもわかっていなかった。

父は親に手を引かれ、救護もかねて、被爆地に足を踏み入れたという。
そこには、全身ケロイド状態の被爆者たちが、水を欲しがるので、手のひらにすくった水を飲ませたら、そのまま息を引きとった瞬間を、目の当たりにしたという。

小学5年の少年には、おぞましいほどの地獄絵図だし、後世へ語り継ぐためにも、その時の惨状を思い起こさねばならないので、あまり語りたがらなかった。

次第に、放射能の影響を知るようになり 「俺の体は大丈夫なのか」 と内心悩んでいた節もある。
結婚して、母がボクを出産したとき、真っ先に確認したことは、性別でも体重でもなく、手足の指先まで含め 「五体満足」 であるか、そこだったらしい。
父には、被爆の影響はなかったが、心の奥底で不安を抱えていたということだ。

後に、無類の酒の強さを誇る、父の 「トラウマ」 を知ることになる。
毎年、8月9日になると、この日だけは手酌で口を湿らすだけで、食事は一切口にしなかった。
ある年、その理由を聞くと 「あの日の光景がよみがえり、食欲がわかない」 のだという。
それほどまで、原爆の精神的ショックは、晩年まで尾を引いていたことになる。

平和はあたりまえでなく、時代の精霊があって、今があることを多くの人たちは忘れている。

マスメディアもスポンサーの空気に流され、本音や真実を語ることが許されない部分もある。
今日は 「原爆の日」 だというのに、テレビは朝から晩まで、今井や斎藤、宮迫や乙武だの、挙句には 「このハゲー」 そんなことばかり報道され、社会教科はゴシップやスキャンダルしかないのか。

オレ、生まれ変わるとしたら 「盆栽」 になりてえよ。
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