2012年05月27日

Endless Summer

80年代、ディスコクイーンと呼ばれた、ポップスシンガー「ドナ・サマー」って亡くなったんだね。

リアルタイムな世代じゃないが、ディスコに行けば高い確率でDJが皿を回していた。
今でいう「鉄板曲」なんだけど、彼女の歌声抜きではフロアーの盛り上がりは欠くことになる。

当時(1983)、新潟のディスコはどこも繁盛していた時代。
古町なら「ジジック」、西堀なら「ブラック・バード」と人気は二分していた。
週末のナンパスポットだったけど、女の子には目もくれず、複数の仲間と踊りに出かけていたものだ。
何が楽しいかといったら、酒に酔いながら、仲間の変な踊りを見ることがとても痛快だった。
デブっちょがインベーダーダンスをしていたり、犬の交尾みたいに腰を前後に揺すっていたり。
「その変な踊りは、なんじゃらほい」と聞くと、「俺のダンシングで、女を欲情させる」とか。
そんなヘンテコリンで、きもち悪い踊りを指差しては、客席で大笑いしていたものだ。

おまけに入口で服装チェックがあるので、そのファッションセンスも見ごたえのひとつだった。
ある者はディスコに雪駄を履いていき、その場で入店拒否されていた。
またある者はフロアーで踊りながらゲロを吐いたため、しばらく出入禁止にされた。

ここからはスペシャルなキャラクターとなる。
ジョン・トラボルタばりに、全身白のスーツを身にまとっていたが、ズボンのすそ上げが短すぎたため、 紺色のヨレヨレな靴下が丸見えで不快だったり。
ロッド・スチュアートばりに、豹がらのパンツを履いてはいるもの、サイズが小さすぎて、尻の割れ目に ビッチリと食い込んでいるヒップがとても不潔だったり。
フレディ・マーキュリーばりに、シャツのボタンを外して胸毛を出しているが、プンプンと体臭兵器を放ち、異臭の脅威で周囲をどん底に叩き落としていたり。

閉店間際、チークタイムともなると、無理矢理に女の子をフロアーへ引っ張って行き、強引に腰に手を 回して耳元で何かをささやいていたり。
後で、その子にこっそり聞いてみると、「この後、ベッドインしよう…」と言ったとか。
仲間の俺たちを差し置いて、ホテルに抜け駆けしようとしていたんだから、とんでもない野郎である。
そいつの職業は「魚屋さん」なのに、「サーファー」なんてウソこいている訳よ、この野郎は!
まあ、時のディスコで、ドナ・サマーの「ホット・スタッフ」をバックに、こんなアホな調子で青春を疾走しており、違う意味で名曲、「情熱物語」(She Works Hard For The Money)だったような気がしたね。

あれから、28年経過した今でも、僕の「エンドレス・サマー」である。
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2012年05月26日

初々しいね

25日、小雨降る夕方、万代のコーヒーショップで過ごしていた。

途中から雨足が急激に強くなり、窓から見える通行人が慌てて急ぎ足になった。
そんな時、まだあどけない若いふたりが、雨に降られて店に飛び込んできた。
「ハアハア…」言いながら、注文を手にして席へ着くと、彼女が赤いハンカチで、彼の濡れている額を  拭いてあげてた姿が印象的だった。
若いふたりが演じがちな無理な芝居じゃなくて、自然に抑えた動作がとても初々しく感じたんだ。

そんなふたりを目の前にして、映画「小さな恋のメロディー」(1971/英国映画)を思い出した。
主演は、マーク・レスターとトレイシー・ローズ…  う…、ちがーう、トレイシー・ハイド!
どこか大人のいやらしい男女関係とは違い、少年少女の淡い恋愛物語を描いた秀作。
手探りな関係から、大胆に発展していく恋愛って、幼さゆえの強みだったりするもの。
こういう時期が一番楽しく、この先どうなっていくのか、ドキドキしちゃうんだよね。

僕も常に柄にもなく、ハンカチを持ち歩いているんだけど…  完全な役不足である。
 
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2012年05月25日

今宵の不満

某日、少しご立腹な表情だったKさん。
「どうしたの…」と聞いてみると、「時代も変わったもんだ」と苦笑いでお嘆きのご様子。

居酒屋で飲んだ後、直属の部下に、「たまには次へ行こうよ」と気軽に誘ったことが始まり。
すると平気な顔で、「おごりなら行きます」と言ったらしい。
誘った手前、出させることはしないが、気分が悪くなったので次から誘わないという。
「部下は…」と聞くと、「仲良し同盟でこっそり、どこかの店でおち合ってるんだろう」と、少し投げやりに メーカーズマーク…  ざっとそんな言い分である。

時代は変わっても、それに似た話はよく聞く。
僕にも、似たような経験があるから、何となくモヤモヤした気持ちは分かるんだ。
直属の上司にシンパシーを寄せるどころか、同年代や気が合う者としかコミュニケーションをしない。
部下からすれば、仕事の延長はゴメンなんだろうが、そのための酒というのをわかっていないんだ。
それに「おごりなら行く」と臆面もなく言える、依存体質の部下に成果は期待できないと思う。
そんなもの、可愛げにもなりゃしない。
その上、「俺らの気持ちをわかってくれない」など、平気で泣き言をいうらしい。
わかろうとしているから、誘ってるのにね…

じゃあ何か… 「百歩譲って、わかった先に何があるのか言ってみろ」である。
その前に、「俺をわかれ」と言ってやればいいのだ。
いい仕事をしたいため、ゼネレーションギャップを埋めるべく気配りであろうに。
そこまでドライであれば、部下に気を使うこともないだろう。
所詮、会社はタスクフォースの場であろうが、ずいぶん矛盾したことも言っている。
「わかってもらいたい」と主張しているが、本当に誘ったら、びびっちまうんだからね。
大人になりきれない会社が持つ、独特ないい加減さであろう。

バーはプライベートな部分を含め、少し胸襟を開く場所でもある。
素顔を見せようとしている、上司の粋がわからない男相手にムキになることもないだろう。
「ドライにはドライでいい」と、割り切る考え方も必要である。

最初は苦々しい気持ちを引きずってきたKさん。
帰り際、「キュッ」と飲み干したラベルは、ファイティングコック!
おやおや、気合入れ過ぎだって…  お疲れ様でした、よい週末をお過ごし下さい。
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2012年05月24日

この街で…

「来たな」 部屋の扉が開くと、相方が試着した姿で入ってきた。

「今日はどこなの?」(月一会)と聞くと駅南の和食店だという。
いつもなら、万代か新潟駅周辺だが、今回は珍しく駅南である。
たまに散歩気分で、駅南まで歩くのもいいじゃないか。

個人的な趣向だが、僕自身の意思で駅南界隈で飲食をすることはない。
どこか人工的過ぎて、「よそよそしい」雰囲気が性に合わないのだろう。
それに人口に対して、無駄な鮮やかさとでも言おうかな。
誤解がないように言葉を添えれば、他意があるわけでもなく、何も関心がないわけでもない。
美味しい飲食店、オシャレなスポットもふんだんにあるだろうが、どうも足が向かない街なんだ。
それこそ、「縁」なのかな…  万代からこんなに近いのにね。

女性は、お店選びの基準が欲張りなので、常に新しきを知り、古きは振り向かない傾向がある。
男はコロコロ、暖簾を替えたりせず、「この街・この店・この人」の三拍子はだいたい落ち着いてくる。
逆に新しきに興味を示さず、古きをゆっくりと満喫する感じだ。
それに僕らの年代になると、わざわざ情報誌を広げたり、いちいちパソコンで検索しなくなるものだ。
もう、生活圏の中で、自然と三拍子が揃ってくるからね。

年間を通して限られた回数しか利用しないけど、花屋や美容院、洋品店や化粧品店など、それぞれ  男女関わらず、だいたい店は決まってくるものでしょ。
身近に三拍子揃っていれば、いつも柔らかい表情で過ごせるし、自然と行儀よく振舞えるものだ。
大方の生活、女性は新しいものを取り入れて広く浅く、男は無骨に狭く深くなのであろうか。
そう考えると男と女は違う生き物であり、お互いの思考を持ち寄って暮らしてるんだろうね。

今や万代で暮らして14年…  この街でも長い人間関係が培われていくとしたら縁であろう。
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2012年05月23日

女性営業職

22日、古町の喫茶店で短編小説を読んで過ごしていた。

通路を挟んだ隣の席には、広告業界の営業と思える女性が、クライアントらしき男の言葉を引き出し  ながら、膝元に広げた手帳にペンを走らせていた。
広告業界で仕事を受注してくるのは、女性の方が優れた成績を収めるという。
どこか懐かしい気になったのは、僕も長年クライアントの立場で仕事をしていたからだろう。
それと女性が優れた成績を収めることは、あながちウソではない。

男は営業成績が伸びないと、あれこれ悩んでは、いつまでも暗い気持ちを引きずる傾向がある。
ちょっと強い口調で言われれば、すぐにメソメソして、何かのせいにしたがる。
ちゃんとモノを言わない責任を差引いても、女性と比べてストレスへの抵抗感が弱い気がする。

その点、女性はフットワークが軽いし、物事の切り換えが早いのが特徴的だ。
今どうするか判断できるし、感情的になってもやることはやる。
当然、そこに至るまでのスキルを身に付けてのことだが、生まれ持った本能のようにも思える。
それは子育ての本能が携わっているので、自身を立て直したり、何かを仕立てることにかけては、とても長けているようなんだ。
そういう能力が機能するから、総じて手際が良くて仕事が早い気がする。
男のように長い間する仕事は向かないようだが、物事を短く断片的に捉えていくことに関しては、女性の方が得意なんじゃないかな。

その代わり、女性と一緒に長い仕事をしたいとは思わない。
短い仕事をキビキビこなして、「機会があったら、また頼むな」ぐらいの方が、ちょうどいい。
女性に惚れたら仕事にならなくなるし、そこまでの信頼が自然と積み上がっているから、それ以上の  接近をしてしまうと、危うく「男と女の関係」になりそうだからである。 
時の頃、若くして一緒に仕事をしたいと思うなら、人生のパートナーとして考えがちになるでしょ。
それほど、女性の仕事ぶりは男を惹きつけることがあるし、思っている以上に紙一重なんだ。

まあ、個人的な視座だけどね… お・わ・り… 
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2012年05月22日

興ざめだよ

アルビレックス新潟のふがいない成績に批判が集中している。
応援するチームが勝ったり負けたりで不機嫌になったり、常軌を超えて感情的になる姿は不健康だ。

スポーツは感動のドラマだといわれる。
そのこと自体は否定しないが、逆に悲劇なドラマにもなることも忘れるなである。
特定チームのファンになることは、負けたときの覚悟があってのこと。
夢見る感動ドラマばかり描くから、不測な状況になると感情の抑制が効かなくなるのだ。
自分をコントロールできないなら、勝負事に参加するなである。

僕もスポーツは好きだが、その枠を超えた言動を見かけると空しくなる。
自分の子供まで、親のヒステリックな感情に巻き込むなんて、バカ親としか映らない訳。
まともな親なら「どうして負けたか…」、ゆっくり話し合えることが、スポーツを通じた情操教育だろう。

勝負は勝たなきゃいけない… そこは絶対に外せない。
だが、本来のスポーツ観戦は楽しむものであり、明るく前向きな精神が大切だ。
わがもの顔の応援団が常套句を引用して、過激な言動をする連中がいる限り、子供を連れて応援しに行けないでしょ。
観客動員数がおちている理由に、どこか支配的になってきた雰囲気を嗅ぎ取られたこともあるだろう。
そういう連中たちが、新規のファンを遠ざけている。
ある人が、「サポーターが都会並みに過激になってきた…」と言ったが、おいおい違うよ、逆だよ逆。
なまじっか、チームの存在に慣れて同化すると、自意識の抑制が効かなくなるもので、ストレスを発散 するだけの野蛮人と化してくるが、洗練された都会人ほどそういう真似はしないよ。

黒崎監督と一部のコーチが解任されたというが、これから選手も槍玉に上がってくるだろう。
それでチームが変わることを期待したいが、問題は一部のファンだ。
チームの包装紙を体裁よく替えても、ファンの中身も変わらないことには観客動員数だって伸びない。
その結果、もっと勝てなくなるでしょ。 
「負けたけど頑張ったね…」なんて甘い論調に酔わないが、ああいう言動を見ると興ざめしてしまうね。
そろそろ物事の相関図に、敏感になってもいい頃だと思える。

アルビレックス新潟のファン(サポーター)は今、試されているんだと思う。
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2012年05月21日

大相撲復権

史上初、平幕同士の優勝決定戦は、旭天鵬が栃煌山に勝って賜杯を手にした。
歓喜の輪でむせる男泣きに、気持ちを奪われた人も多かったであろう。

稀勢の里は、巴戦に挑むまでもなく把瑠都に負けた。
負けて、土俵下の控えに残る姿を見ると目をつぶり、口を真一文字に結んでいる。
その表情から、奥歯を強く噛み締めているのがわかる。

本人には失礼だが、敗者の姿が絵になる男も珍しい。
感情表現を抑えた姿に、違う強さを感じたのは、僕だけではないと思う。
大相撲千秋楽は、勝者と敗者の心情を、あらためて感じ入ってしまった。

相撲人気が低迷した理由を書き綴る気はない。
だが、それまでの思い込みを水に流して、ありのままで相撲を愉しむことによって変わるかも。
そうなれば、相撲人気は回復していくかも知れない…  今がチャンスなんじゃないかと思うね。
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2012年05月20日

千秋楽決戦

いやぁー、まいったなあ…。

大相撲千秋楽にあたる今日、日曜の夕方は外出できないな… こりゃ。
まさか、こんなに優勝争いが大混戦するとは思わなかったし。
それに稀勢の里が、こんなに勝負弱いとはなぁ…。
昨日の日馬富士戦みたいな相撲内容なら心配ないけど、意気込みとは裏腹にまだ体は硬いようだ。

僕はそれでも、優勝カードは変えない。
それは不器用で朴訥な男に、一度は優勝賜杯を手にさせてやりたいからだ。
悪く言えば、無愛想で茨城訛りの口下手だけど、相撲に対する気持ちはひたむきだからである。
だけど、彼は企業面接であれば、上手に真意を伝えられなくて、真っ先に落とされるタイプだ。
そこで期待することは、今場所は絶対に優勝することによって、離れていった相撲ファンを振り向かせ られるような印象を与えて欲しいこと。

僕は結果を知ってから、そこだけクローズアップする主義ではない。
どちらかと言えば、予めコメントを出しておき、結果に対して四の五と言い訳するつもりもない。
後だしジャンケンだったら、誰でもできることだからね。
男惚れしたのであれば、この状況であっても、ファイナルアンサーは稀勢の里だ!

ひとつ言うとしたら、いつまでも、「みにくいアヒルの子」のままでいて欲しくない。
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2012年05月19日

金百弐拾円

「親切 丁寧 買い取ります」で、有名な大型リサイクルチェーン。

いつの間にか、着ない洋服が増えてしまった。
この際、「とりあえず置いておこう」の発想はもう捨てて、処分しようと洋服の整理をはじめた。
まずは、相方の洋服が多いので、クリーニングから仕上がったままの状態を中心にまとめることにした。
複数のブランド品も含めて、その数ざっと5袋を手に抱えて、リサイクル店に持込査定へ向かった。

立会いは相方に任せて、僕は適当に店内をふらついていた。
査定が終了したことを番号で告げられ、先に相方が説明を受けているが唖然とした表情だ。
その買取価格を聞いて、唖然よりも吹き出してしまった…  「5袋全部で¥120」
マニュアル態度ありありの店員に説明を求めるまでもなく、書類に素っ気無くサインだけ残して、¥120をポケットに突っ込んだ。
そこでごねたとしても、相手の内心は、「別に当店でなくてもいいんですよ…」程度だと思う訳よ。
正当な買取対価なんて期待してないし、要求を強く主張する気にもなれず、相方が感情を逆なでされた理由もよく分かったが、この場で公開するのは伏せておく。
それよりもあれだけの量を¥120で買取り、一体いくらで売るつもりなのだろうか…
寧ろ、その行方、買取ロンダリングの方に興味がわいてしまう。

自宅にはまだ僕が当時着ていた、「ヒューゴ・ボス」、「アルマーニ」のスーツが何着かあるんだけど、  それらも「雑巾並みに査定」されるんだろうな。
それだったら潔く、必要としているところへ寄附した方が、社会貢献した気分になれそうだ。

やっぱり、急成長する会社はクレバーである…    はい、お笑い体験にしておこう。
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2012年05月18日

吉村達也(作家)

僕の好きな作家である吉村達也氏が、今月14日に胃がんのため60歳で死去していた。

推理小説を初め、サスペンスやホラーも手がけ、凄まじい勢いで新刊を出版できるスピード作家だった。
それも出版量で席巻するだけでなく、質においても小刻みで大胆、意外なところで展開を裏切る小説の愉しさを教えてくれた。

僕が最初に表紙を開けたのが、1993年角川文庫のホラー小説「初恋」からだった。
それから、1994年「文通」、1995年「先生」〜 2005年「ビンゴ」、2006年「グリーンアイズ」と続き、その合間で推理小説、サスペンス小説をランダムにめくっていた。
彼の小説は、人間なら誰にでも隠されていると思われる、内面の恐怖を描いている。
本人曰く、この世で一番怖いことは、生きている人間の人格と言い切るあたり。
その人格破綻した異常行動を描かせたら、彼の右に出る者はいなかったと思う。

誰でも、日常生活で一度や二度、背中に冷たいものが走った経験があるだろう。
「感じがいい人」のはずなのに、その正体は言論の質が低い、「クレームモンスター」だったり…
「にこやかな人」のはずなのに、その正体は粘着質で執念深い、「ストーカー」であったり…
彼は匿名性がもたらす二重人格、メールで感情的に論争を吹っかけてきたりする、現代病にほど近い精神状態をいち早く題材にして小説化とした。
つまり、性格の二重構造という恐るべき特質を小説化することには、とても長けていた。

小説を読みながら、「どうして、こいつは、こうなってしまったんだろう…」を考えると結構面白かったし、職業や立場、年齢や学歴などで、「人間性を保証できる時代でない」ことも文中で言い表している。
全冊読破した訳じゃないが、短編の読みやすさで紹介すれば、1999年「踊る少女」なんかは、最初の試し読みする分にはお勧めできる。
「もしかしたら、身近にいるかも…」と思われる、まずは7人のモンスターと対面してみたらどうだろうか。
あまりにも、現実的な恐怖に直面するであろう。

吉村達也さんの死後、公式サイトには、「私はこのたび、死んでしまいました」と文章が掲載されていた。
自分自身の死まで、ミステリーな演出をするなんて、やっぱり彼は天才作家だったんだ。    合掌。
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