2017年05月24日

妻の退院日

妻が二週間ほど入院していたため、毎日見舞いへ通っていたが、これも23日で退院となった。

心配は無用で、病を克服して、気がつけば 「強力なタッグチーム」 に成長したものだ (笑)

病院や介護施設に出入りしていると、人生を考えさせられることしばし。
ボクは病気やケガで、通院や入院もしたことはないが 「孤独ではない」 と思わせられた。
見方においては 「だれかのために尽くせる力」 があるんだからね。

あるべき日常、いるべき家族が存在するから、気力を奮い立たせ、体を張って守るべきは守れる。
そして、年齢や性別を越えて 「マスターが体を壊したら、何にもならないからね」 と励まされたり。
初老を控えた年齢 (?) だが、あたりまえを見過ごしてしまい、ハッとさせられることも多くなった。

まだ、休養が必要なので、週末はもう一人のパートナーのお力を借りる一方、身をもった経験を今後に生かし、少しは 「人の相談にも乗れるような歩み」 を心がけたいと思っている。

過去の背景を含め 「無償の愛」 でささえてくれた 「親愛なる人たちに感謝」 を致しております。 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

夢+冒険=ロマン

ウイスキー談義をしていると 「サントリー」 と 「ニッカ」 の印象を論じ比べることがある。

総じて、サントリーの商魂には脱帽だが、個人的にニッカにはロマンを感じる。
これも、朝の連続テレビ小説 「マッサン」 の創始者で夫でもある 「竹鶴正孝」 と、妻の 「リタ」 との夫婦愛に、ロマンめいた伏線を感じたからであろうか。
安易に優劣を論じぬが、市場競争はサントリー、本物志向にこだわったのは、ニッカのような気がする。

同年代なら、見た人も多いと思うが、83年 「ふぞろいの林檎たち」 という青春ドラマが人気を誇った。

時任三郎が演じる、三流大学に通う4年生 「岩田」 は、小さな町工場に就職の内定が決まっていた。
工場長の仕事にかける情熱、その人柄に心を惹かれたのである。
同じ頃に、岩田はオフィスビルで警備の夜勤アルバイトをしており、そんなある日、一流企業の役員室で重役が自殺を図ろうとしていた不穏な空気を察し、その場で機転を利かせて自殺を思い止まらせた。

重役は岩田の 「鋭い観察眼」 に可能性を感じ、これからは学歴重視の新採用だけでなく、広く門戸を開放して、あらゆる個性を登用することが、会社の繁栄になると役員会で主張して内定人事に添えた。
彼は将来を見据えれば、恋人役の手塚里美が演じる 「看護学校の生徒」 を思えばこその気持ちと、家庭環境の複雑さもあり、男惚れして決めた内定を辞退して、一流企業の入社に目標を切り換えた。

しかし、重役が取締役会で役員を解任され、特別推薦枠で便宜を図れる権限を失い、岩田はどちらの内定も失うことになった。
結果、また一から就職活動を始めて、同じ大学の級友三人は、大学名で割り振られた就職試験会場で 「三流大学と色眼鏡で見られようが、俺たちは胸を張る」 と、心を新たに結集した。

そんなあらましだったが、偏差値がすべてだったあのころ 「要は生き方だ」 と語るメッセージに、多くの若者は共感を覚えた。

つまり、ブランド力の強さより 「自分はそこでなにをやりたいか」 なのである。

それが 「夢+冒険=ロマン」 なんだろうね。
 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

雨上がりの屋上

連日 過ごしやすい気候のせいか、昼間の街中には人が多いようだ。

そんな雑踏で静かに過ごしたくても、意外と静かな場所は見当たらないもの。

それでも、つま先の向きを変えれば、昼下りの小さなカフェ、川辺のベンチ、商業ビルの展望フロアー、書店と言いたいが、最近は少し騒がしい。
あとは、そうだなあ‥  日常で使うことはないけど、デパートの屋上なんて穴場かも。

屋上には室外機ぐらいで、催し物があるとすれば、夏のビアガーデン、幼児向けの乗り物やゲーム機、ミニペットショップ、他愛のないモノばかりで、金網に囲まれて風が吹く 「のどかな風景」 だけがある。
下の階の賑やかさとは対照的に、デパートの屋上は静かなんだよな。

雨降りの日には、だれもいないけど、雨が止んだあとは、空気が澄んでいて気持ちがいい。
ベンチの雨粒をタオルで拭いてから、自販機のコーヒーでも飲んでくつろぐ。
好きこのんで、雨上がりの屋上スペースに来る人はいないから、静寂な居空間が隠れ家となる。

新潟の中心部では、西堀三越、本町のイトーヨーカドーの屋上ぐらいしか思い浮かばないけど、とっくにそんなアトラクションもなく、今では施錠されているのかな。
混雑したフードコートにいるより、ガランとした屋上のベンチで過ごしていたいものだ。

それも 「雨上がりのデパートの屋上」
小雨でもいいけど、人知れず 「ファンタジック」 な空間だと思わない。
人だかりを探すのはカンタンだけど、静かな空間を探すのはむずかしいんだ。

まるで高校生のガキが授業をさぼって、屋上へ昼寝しに行くようなさぼり感覚。

雨が降ったら、こんな 「楽屋ネタ」 みたいな話を思い出してよ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

風に吹かれて

17日 午後12時40分‥

近くの埠頭に停泊した旅客船が出航するのか、開けた部屋の窓から、大きな汽笛が鳴り響いてきた。
芝生の緑が映える、川辺の道を西に向けてペタルを回してたら、風に混じって土と草花の薫りがした。

人工的に作られた、浅瀬の付近では、若い夫婦と子どもたちがはしゃいでいる。
木陰のベンチでは、愛に満ちたカップルが川面を見つめながら、無言で手を握り合っている姿がある。

ボクは自転車で、その光景の脇を通り過ぎる。
街は息づいてるのに、川辺に来ると人影が少なく、そこだけ時間が止まっている、白昼の風景がある。

そんな、昼下りの芝生に大の字に寝転んで、大きなあくびをしながら、風に吹かれてみたくなった。
posted by GIG at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

かつ重弁当

幼少期、僅かな家族の団らんで、自宅に店屋物 (出前) を注文することがあった。

出前の定番は、そばにラーメン、天丼にかつ丼、たまにオムライスやハンバーグなど洋食もある。

男子のごちそうと言えば、ダントツに 「かつ丼」 だ。
新潟の名物 「タレカツ丼」 もいいが、どんぶりのフタを開けて、甘辛な湯気がフワッーと立ちのぼって、その味がじんわりと口の中で広がる 「卵とじかつ丼」 の方が、満腹感があった。

かれこれ一週間ほど、仕事上がりの 「深夜めし」 は、買い置きしたスーパーの弁当を食べる毎日。
妻の名誉のため、一筆入れておくが、食事作りをボイコットしたり、三下り半を突きつけられたでもなく、二週間ほど留守にしているだけ。

ボクの食生活、凝り性と言っても、料理を作るのではなく、何を食べるかという凝り性である。
美味いと感じたら、同じ料理の繰り返しになりやすく、一週間のうちに3日も4日も、これまたあきもせず 「かつ重弁当」 ばかり買って食べている。

さらに生卵をかけて、つけあわせは野菜の千切りパックと揚物を数品。
水代わりのビールで口を湿らせ、たまにプリンを一個食べて、ハイ、ごちそうさまでした。
こうして気がつけば、台所にプラスチック容器がたまる一方。

妻が家に帰ってきたら、きっとこういうだろう‥  「また、かつ重弁当しか、食べなかったの」 と。

呆れられるだろうが、台所で料理を作らなかった男のツケが、こういうときに影響するよね  (笑)
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

4つ数えろ

「腹が立ったら、4つ数えろ」

名作 「トムソーヤの大冒険」 の著者で知られる 「マーク・トウェイン」 の言葉だ。
「4つ」 の意味はわからないが 「怒りはすぐに表すものではない」 ということだろう。

若かりし蛮行を白状すると、高校三年生の時、首謀者として停学を食らい、校長室で5人が雁首を揃え校長先生に説教された言葉に似ている。

正確には 「怒る前に5分でも、いや、5秒でもいいから、これをしたらどうなるか考えろ」 だった。
「4つ」 「5分」 「5秒」 のカウントはともかく 「怒りは時間を置け」 という意味だが、これができれば、スイートなキャンパスライフだったはず‥  (。-_-。)

若さとは、怒りをためこまずに大爆発させるパワーを秘めており、怒りは時間を置けの理屈もわかるが、これができないから、青春の頭文字の如く、青いんだ。
今、もし、怒りを制御できなかったら、真っ先に 「更年期障害」 じゃないかと疑われてしまう。

年齢的に 「知恵も多くなれば、怒りも多くなるもの」 とも言われる。
だが、間違った知恵や思いこみのあまり、アホな怒り方をする 「頓珍漢な輩」 も増えた気がする。

街中の喧騒で生きていれば、たまにトラブルを見かける。
そのほとんどの怒りは 「こんな小さいなことで」 と思えるのが大半を占める。
まあ、本人にしたら、小さいことでないのかも知れないが、怒りは 「プライド」 と 「コンプレックス」 が表裏密接に関わっているから、真相がつかみにくいし、タチが悪い。

そこそこ、会社でお膳立てされた役職ほど、定年退職後に立場をリセットできず、まだ自分は偉いんだと周囲を無礼者あつかいする人も少なくはなく 「つまらない怒りは見せない」 のが、プライドなのにね。
まれに、ストレスから発する怒りもあるだろうが、晩年ほど上機嫌で過ごして行かないと、空しさだけが蓄積していく気がする。

その意味で、それまで生きてきたプライドと知恵があるから、なるべく 「怒りの源」 は封印しておいて、それでも怒らねばならないときは 「4つ数えろ」 (時間を置け) ってことなんだろうな。

「理性的な怒り」 と 「感情的な怒り」 は比べられないが、街中で見かける怒りの多くは 「後者」 で、怒り方を知る人ほど 「前者」 だから、物事の矛先はおさまりやすい。

「怒りはすぐに出すな」 は知恵ある言葉だし 「普段はにこやかだけど、怒らせたら大変だ」 ぐらいが、人間関係には、ちょうどいい塩梅だと思えるけどね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月15日

続 ふるさと

5月1日にアップした、タイトル 「ふるさと」 に関して、自分に不思議な気持ちが宿っていた。

あの文を要約すると 「地元愛で凝り固まる、陶酔感がなじめなかった」 と記した。
今も印象は強いもの、骨を埋める覚悟をしてから、気持ちが変化してきたことを末尾で締めた。

そもそも 「新潟に恩返しをしたい」 「新潟愛のためになんちゃら」 など思ったことはない。
地元愛を臆面もなく、枕詞にしすぎる人は 「他の世界を知らない」 ように思えて、純朴さはいいけど、仕事に私情を持ちこみすぎたり、知らぬ人への思慮が足りない気がするときもある。

人情的に割りきれないが、地元意識がけじめのなさに変わり、男芸者の衆に成り下がるような。
郷土に咲かせようとする花は同じでも、土壌 (土地) の仲間意識が強すぎて溶けこみ難い。
傾向的に、上の世代ほど強いが、酸いも甘いも噛み分ける 「親分肌」 ほど、そのバランスはいい。

「こだわりのない新潟人」 だから、わかることもある。
だけど、県外から転勤で移住してきた人達に 「新潟はキライだ」 と言われたら、逆に 「おまえさんは、新潟をどこまで知っているんだ」 と問いたくなるのは、根っ子が 「新潟好き」 なんだろうね。

家庭も同じで、子どもは成長するたびに、親のことがわかるようになる。
親愛を抱くものの、感性が不信を嗅ぎとることもあるが、親の悪口を言ってもいいのは子どもだけ。
大切なのは、親のプライドを他人に好き勝手に言わせたら、子どもとして失格なんだ。

その意味で、新潟人は新潟人だから言えるわけで、県外の人に好き勝手に言わせたらダメだ。

そういうのが 「県民のプライド」 だと思うけどね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

カーネーション

昭和のある年、母親が自宅に帰って来なくなった。

「かけおち」 だ。

年号は平成へと変わり、長男としての気持ちを母へ伝えたが、涙声で 「ごめんね」 と繰り返すだけで、決意は変わらず 「仕方あるまい」 と受け容れて、また単身で東京へ行く決意をした。

そのことで、母を恨んだり、否定したこともないが、数年間は連絡を交わさなかった。
一人残された、父の心中を察すれば、結婚式に呼ぶこともできず、時と場所を変えて結婚報告をした。

数十年後、父の介護がはじまった。
晩年は特別養護老人ホームで過ごし、最期は終身医療病院に転居し、去年の夏に享年82歳で他界。
身を呈した時間と介護費用も重なり、最後は小さな家族葬で見送ったが、列席者に母の姿はなかった。

それでも、人生の一大事に直面したとき、母はいつもさりげなく寄り添ってきた。
そばにいてくれるだけで、どれだけの不安が緩和されたか、家族の温もりで親和欲求を満たされた。
何よりもうれしいことは、妻と仲の良い関係を保てていることだ。

今日、5月14日は 「母の日」

40年ぶりに 「カーネーション」 を贈った。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

はじめて

11日 開店以来、はじめて店を休んだ。

親の葬儀でも、営業したというのにね  (笑)
定休以外、急に店を休む日はなかったが、個人事業主とは、休めない認識でいる。

本来は、仕事をしている時間なのに、自宅で映画を見ながら過ごした。
まず、平日の夜に自宅にいることが不思議で、もどかしい気分にも包まれていた。

腹が満たされれば、眠くなるもので、部屋の灯りをこうこうとつけたまま、ソファーで朝まで寝ていた。
空が白みはじめたころ、疲れが残る体を起こし、寝起きのシーツのまま、ようやくベッドへ横になった。

「仕事をしている時間に、自宅にいる不思議」  開店10年目にして、はじめてのズル休みかな‥ ?
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月11日

秘めた確執

10日 時刻表通りのバスに乗り込み、中ほどの座席に腰を下ろして朝刊を広げた。

通路を挟んだ後部座席には、三人の中年女性が並んで座り、他愛もないおしゃべりに興じていた。
ここまでは変哲もない、日常の場面であるが、怖いと思ったのはここからだ。

繁華街の停留所で、そのうちの一人が下りたあと、残された二人が下りた女性の皮肉を口走りだした。
盗み聞きの趣味はないが、真後ろなのでイヤでも聞こえてしまい、要するにボクの存在は無視なんだ。

あー、女性同士はこわい‥

数十年前、会社でこんなことがあったなあ。
一緒に仕事をしていた、年下の女性同士は仲がいい関係だと思って、安心して共同させていた。

そんなある日、机の並びに置かれてた円筒のごみ箱に、片方の女性の写真がビリビリに引き裂かれて捨てられていた。

あとで知ったことは、私生活で一人の男をめぐり、おたがいの想いがかちあい、捨てられていた写真に、その時の 「真実が秘められていた」 のである。

やっぱり、女性同士はこわい‥  男に生まれてきてよかった (笑)
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする