2017年06月27日

50代の手習い

以前 「50代の手習い」 で少しづつ、料理を教えてもらっていることを記した。

先月、妻が2週間ほど家を留守にしている間、外食や惣菜弁当、差し入れの食事だけで済ませていた。
ひとりでは何もできない自分に 「おいおい、これでいいんか」 と向きあってみた。
その食に関して、甘ったれていた懺悔を含め、最近は手伝いも兼ねて、少しずつ覚えている。

男性客が 「料理を作るのは、ストレス発散にもなるからいいんだ」 と言っていた。
なるほど、そういう理由もあるのか。
レトルト以外、本格的な料理はむずかしいとしても、ひと手間を加えられるようにはなりたい。

最寄りのスーパーに、チキンカツが並んでいる。
「自分のことは、面倒くさがり」 で、そのままソースをぶっかけて、バンカラ風に食らうのが習慣。
トレイのまま、皿に移し替えることをしたこともない。

それが最近、出し汁を作り、そこに玉ねぎのざく切りを浮かべ、その上にカツをのせて、卵でとじる。
その間、火加減や小手技もあるが、少しの時間と手間を加えるだけで、おいしくなることに興味を示す。

よく人から 「やればできるはずなのに、やらないよね」 と言われたが、要するにガッツがないだけ。
つけ加えれば、料理作りに反応しないということは、センスもないということだ。

かたくなに、女性の聖域 (台所) には立たない古いタイプだったのが、今では 「ちょっと作る人」 になったんだから、晩年を歩み出した 「男の変化」 はわからんね。

食べることは 「亭主関白」 だったが、作らない代わりに 「ケチはつけない」 のも流儀である。
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2017年06月26日

Junko Yagami (Vo)

6月らしい、ディープなブルーのドレスで登場した第一部。

25日 新発田市文化会館で、午後4時開演の 「八神純子コンサート」 に出かけた。
彼女の透き通った歌声は、長年聴き手を惹きつけて止まない。
70年代後半、最も愛されたポピュラー歌手のひとりで、当時の印象はこうだった。

ワンレンでエレピを弾きながら、上半身をくねらせて歌うオリジナルスタイル。
セクシーなヒップで、全身のバランスをとり、下半身を力強い脚線美にして、ハイヒールでリズムをふみ、カッコイイ女性として、ビジュアルもまぶしかった。

本公演、往年のヒット曲をノンシャランで終わらすことなく、新曲を交えながら、女性としてのたくましさや艶やかさ、生きる力強さを感じた。

第一部のロマンチックなラブソングから、第二部のドラマチックなヒューマンソングまで、クライマックスに向けて、これまで生きてきた経験で 「大人の物語」 を作り上げたステージ。

ヒット曲 「思い出は美しすぎて」 「思い出のスクリーン」 「みずいろの雨」 はもちろんのこと、東日本大震災で改めて地球規模における願いを込めて歌い上げた 「Mr.ブルー 私の地球」 隠れた名曲  「夜間飛行」 の澄みきったハイトーンのバラードに、会場全体が魅了的な雰囲気に包まれる。

ヴォーカルの魅力は遅咲きながら、素直に 「日本語の歌詞」 に魅了された日曜日。

車で新潟市に戻り、連れ添いの三人で乾杯‥  音楽を鑑賞した後は、こうでなくっちゃね  (^^)/
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2017年06月23日

暴言音声

一年で最も日が長いとされる 「夏至」 (21日) の今週。

新潟は記録的な遅さで梅雨入りしたが、空がぐずつき蒸しているだけで、気分がすぐれない日が続く。

夕方のニュースは、生々しかったなあ。
自民党の女性議員 (42歳) が、男性秘書 (55歳) に暴言と暴行を加えた、証拠のICレコーダーをマスコミに公開し、暴言のひとつに 「このハゲー」 と、金切り声で絶叫してた音声はたまらんね (笑)

昔も今も、人を平気で 「ハゲ」 だ 「デブ」 だのと、身体的な特徴で人を見下したり、罵倒する人は切っても切れないが、これほど自分の品格をおとしめる言葉もない。

どこにでも、表と裏の顔を使い分ける人はいるけど、あの人たちの論理は 「ハゲと言われる、おまえが悪いんだから、反省しろ」 と本末転倒で 「自分が至らないから、こうなる」 と相手を 「自責の念」 に追い込み、ストレスを発散しているから、継ぐべき言葉が見つからない。

そんな人が、普通に隣にいたらこわいし、更年期障害のモンスターにしては、まだ42歳だからね。
社会的に力のある人は、相手を命じて動かせる分、きっと立場の弱い人の心情を察せないんだろう。

人は見かけによらないし、人を見かけで判断してもいけないが、多くの人は見かけで判断するものだ。
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2017年06月22日

Jazz Talk Vol.81

9月に新潟で行われる、ボサノバ歌手 「小野リサ」 のコンサートチケットを手に入れた。

座席は音のバランスを考えて、2階席の一列目の正面を確保。

これがピアニストの公演なら、グランドの大屋根の向きを考えると、音は右手側に伸びてくるので、やや右寄りの席を確保するが、ギターヴォーカルなので、指定された席の中から、迷わず真ん中に決めた。
1階の1列目もあったが、ステージ全体の 「風景を見ながら聴きたい」 と思い、あえて2階席にした。
90年のデビュー当時、新宿のライヴハウスで見て以来だから、今回で2度目になる。

夏の終わりの疲れには、彼女の清涼感のある歌声に癒されるであろう。

ゲストプレイヤーに、三味線奏者 「上妻宏光」 が加わるので、日本とブラジルの融合に期待したい。
03年の洋楽的なアプローチで風靡したアルバム 「ビームス」 の新潟公演を聴いたことあるが、本場の津軽三味線のテクニックとハートはもちろんのこと、インプロビゼーションを駆使した、プレイセンスが印象的だった。

ジャズバーのマスターながら、ジャズ以外も聴いている。
ジャズしか聴かないと、ジャズがわからなくなるんだ。
矛盾めいた意味はわかるかな‥

好きなモノサシはジャズでもいいが、モノサシの長さを伸ばさないと、耳が凝り固まってくる。
それは、自分の聴き耳に酔う揚げ句、少数にしか認められない分野にこだわりすぎ、これが純粋さだと勘違いするようになる。
未来を感じさせる、ジャズのアプローチに耳を向けないと、ジャズというジャンルは進化しない。

ボクが 「キース・ジャレット」 「上原ひろみ」 を絶賛するのは、未来を切り拓いているからで、東京まで聴きに行くに値する、ロマンを感じるんだ。
御年も84歳の 「渡辺貞夫さん」 が、今も現役で愛されている答えは、ここにあると思っている。

つまり、いろんな発展型の音楽も知れば、ジャズを聴く耳は強まり、プレイヤーはひらめきが高まる。
アンプはどこで、スピーカーはどこそこと、いい音で聴きたくなるのは、次の次元であり、ソフトを知らずにハードばかり追いかけていると、単なる 「音響の耳年増」 になるからね。

小学4年生のとき、聴いていたアルバムは、セルジオ・メンデスとブラジル66 「マシュケナダ」 だから、ボサノバには違和感なく、自然と心地良さを感じるジャンルである。
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2017年06月20日

情緒満開

空梅雨らしい。

自宅近くの紫陽花の成長が遅れている。

その分、過ごしやすいが、それが野菜の高騰や水不足など、生活環境に影響を及ぼしかねない。
何ごとも、そこそこ、ほどほど、そんな塩梅がいいね。

毎年、この時期になると、某ホテルより、花火大会の観覧席の案内状が届く。
いつからか、新潟まつりは曜日開催になったので、最終日の花火大会だけは見物できるようになった。

とは言っても、観覧席で見物をできたのは、家族が丈夫なときであって、以後は何年も特養介護施設で車椅子を押しながら見せていたリ、ここ数年は病院の面会時間の帰りに、萬代橋を歩きながら、背中で大輪の音を感じているだけで、情緒に取り付く島もなかった。

だから、花火を見ながら、枝豆と焼鳥をビールのアテにした 「情緒満開」 は、もう遠い記憶になった。
家庭は、それぞれの夫婦の家族の流れを汲んで生活してるから、理想の姿形とはカンタンにいかない。

家族や友人でもいいが、おごそかに花火を見て、過ごせる時間は限られてくるし、次第にその輪からも大切な人が消えて行くので、花火同様にその姿は儚いんだ。

情緒にまつわる風景は、家族にとって永遠ではないので、出来る限り大切にしていきたい。

今年は空梅雨の影響で、シーズンがずれ込み、新潟まつりに大雨なんてならなきゃいいが‥
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2017年06月18日

縁のない日

土曜の万代は、若者や家族連れを中心に賑わっていた。

商業施設の5階で、愛用のボールペンを手にし、列の最尾に立つと、ざっと30人は並んでいたか。
買い物は、平日か日曜の遅めの時間に限ると思い、エレベーターで地下のスーパーへ移動。
もちっとした食感の、バナナオムレットをかごに入れた。

カレーライスの作り方を教えてもらった。
野菜の皮をピューラーでむき、包丁で乱切りにし、肉を炒めた後に、仕込んだ野菜を入れて‥
オレは、何を書こうとしているのだ ?

母が郷土料理の 「のっぺ汁」 を作ったからと、近くもない道のりを歩いて、自宅まで持ってきた。
冷たくして食べるのが好きで、味は薄くなったが、食卓の懐かしさを感じた。
神戸出身の妻の口にも、その味は合ったようだ。

五感は覚えており、味覚や嗅覚は、人の気持ちをおちつかせるという。
自殺を図ろうとした男が、一杯の味噌汁で思い止まったという、話を聞いたことがある。
きっと、母親と味噌汁をつなぐ、何かしらの記憶が、冷静さを取り戻させたんだろうね。

日曜、起床は午後1時。
湿り気のある空を眺めていたら、今日 (18日) は 「父の日」 であることを思い出した。
今年から 「縁のない日」 になったが、遺影に父の好きだった 「バーボン」 を供えよう。

寒くもなく、暑くもない休日。
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2017年06月16日

無題雑記 84

たまに甘いモノを食べたくなる。

和菓子のような全身にしみわたる甘さではなく、頭で甘さを感じるような洋菓子。
コーヒークレープ、プリンアラモードクレープをカゴに入れた。

夕方は、深夜食 「鶏のから揚げ」 を作る。
予め、妻がボウルで鳥のむね肉をタレに漬け込んでおき、ボクが片栗粉をまぶして揚げるだけのこと。
能力不足で、全調理工程は協力できないが、積み重ねていけば、少しはマシになるだろう。
恥ずかしながら、小麦粉と片栗粉の違いを理解した。

国会で共謀罪が成立した。
包丁の扱い方と同じだと思っているから、私意を述べるつもりはない。

戦後3番目の景気回復らしいが、実感のない人が大半で、専門家によると 「空回り景気」 だとか。
そもそも、これまでになかったほどの大不況の後、東日本大震災で日本人は心を折られた。
それまでは、お金は回してこそ得られる術を知っていたが、それからは、お金を貯めることに執着して、最たる理由が、老後への備えに生活を切り替えるのが、多くの考えになった。

ボクが不思議に思うのは、まだ何もおきていないのに 「負の想像」 を張りめぐらして、今を楽しまず、奇妙な不安に悩まされていること。

不安なことと困っていることは、根本的に違うんじゃないかと思うけどね。
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2017年06月15日

ハムカツ

涼しい日が続く。

向こう一週間、天気予報の雨マークも消えて、梅雨入り予報はどうなったの?
それなのに、夜の街では人が少ないらしいが、地方都市の典型的なパターンだ。
一年で唯一、祝祭日のない6月だから、そんな気分も少し影響しているのかな。

夕方、妻に志願して、自宅の台所で 「ハムカツ」 の作り方を教えてもらった。
実際にやってみると、教えてもらうほどのレシピーでもないが、油で揚げている間は、火元を離れられないので、頭の中で前回の春巻きの作り方も復習してみた。

今までわからなかったことは、小麦粉やパン粉、料理に適した香料など、細かい調味料の使い方。
わかるのは、ケチャップにマヨネーズ、調味料の 「さしすせそ」 ぐらいで、ナツメグやパプリカなどを、手にすると 「これは、なんじゃらほい?」 レベル。

スーパーでも、これまでは外周が多かったけど、これからはかつおぶしやだし昆布など、真ん中通路の棚にまで、あれこれと興味を示すことになりそうだ。

総菜売場のハムカツも美味しいが、ボク自作のハムカツも不味くはない。

また、油で 「あっちぇ」 と叫び、小麦粉でキッチンを汚してしまい、ダメ出しを食らった。
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2017年06月14日

こういう話

忙しい日もあれば、ひまな日もあるから 「水商売」 なんだとか。

商売は確約のない日々だから、商いとはあきないことともいわれる。

6月も後半になる。
日めくりをしていると、今年ももう半年、まだ半年なのか、日々の気分は揺らぐ。
ボクなんて、着地点など甘いことは言ってられないけど、時間が限られていることに変わりない。
だから、くだらないことにかかわらないし、見切りをつけることもあれば、そう多くを深く考えすぎない。

先日、親の介護もしている、50代のお客さんが 「痴ほう症の親父が、オレ (息子) に対して、敬語をつかうようになってさ」 とひとこと。
息子の世話になっていることを、申し訳ないと思っているのか、それとも改心したのか、あきらめの胸中なのか、その心境は定かではない。

思いあたることがある。
親父が70代になった頃ぐらいから、時おりの会話に敬語をはさむようになった。
覚悟をもって介護をしていたので、息子に敬語はやめてほしかったけど、親として何らかの償いめいた思いが、言葉として発せられたのかもしれない。

今年で、53歳になる。
年上には 「オレのことは、名字を呼び捨てで、かまいませんよ」 と気軽に伝えている。

それは柔道部で培った経験をいえば、学年の上下関係はあるものの、先輩は自分より強い後輩には、面と向かって呼び捨てにしにくい、もどかしさがついてまわっている。
ギクシャクした関係もイヤなので 「呼び捨てで、いいですから」 と言っておくことで、先輩は立場を温存できるし、年上の面子も保てるものである。

当然、会社の上下関係はそうはいかないが、体育会系の重んじる精神なら、面子は大事にするもの。
そのかわり、年上を説教するときは、淡々と敬語で詰め寄るから、一定の緊張感は敷かれてはいた。
まあ、恥知らずの年上には、面子を守るような配慮はしないけどさ。

晩年の親父は、口数が減る一方、敬語になったときは、それまでの生きざまを思い返したのかな。

世知辛い今、お客さんと 「こういう話」 をできる場所は、これから少なくなるだろうね。
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2017年06月13日

春巻き

自宅でボクが 「春巻き」 を作るのは、これで二度目。

いや、厳密にいえば、家庭の台所で調理するのも、二度目である。
前回、習った手順を思い返して作業に入る。  (6月3日 ブログ参照)

やや上達したと思うが、料理を楽しむイロハとは程遠く、今回も細かいところまでダメだしされた。
あんまり言われすぎて 「作っていて、楽しくないよ」 と台所を飛び出すが、何しろ修行僧の身なので、改心して戻ることわずか5秒の反抗。
また、ひき肉を炒めるところからはじめた。

男の家庭料理は、1〜5の手順があるとしても、途中をおおざっぱにはしょるもの。
女は目分量であっても、あまり手順を省略しないのは、家族のために美味しく食べてもらいたい気持ち。
男は調理器具を使いっぱなし、出しっぱなしにするが、女は使ったらすぐに元の位置へ戻す。
男と女の違いは、女の方がサランラップやペーパータオル、調味料や洗剤の減りが一目瞭然である。

キッチンは女性の聖域で、什器の置き方やしまい方まで、やり方が決まっているので、あんまりがさつにしてほしくないのであろう。

そんな、妻の目線がプレッシャーとなり 「これはどうするんだっけなあ?」 「あれはどこだ?」 「これはこうかな?」 など、質問か独り言かわからない、意味不明のうろたえた、つぶやきが増す。

このプレッシャーが世間でいわれる、家事ハラスメント、通称 「カジハラ」 であろうか (笑)
女性は料理に限らず、合理的に最短かつ最速に仕上げるコツを知っているから、仕方ないことかも。

男の味覚表現は 「うまい」 「まずい」 でおおざっぱだけど、女の表現は 「塩加減が濃い」 「酸味が欲しい」 という具合に、味覚の枠が知的なんだよな。

それもそのはずで、家族に食べてもらう使命感があるし、毎日時間の限られたせまいキッチンで、手際よく作るんだから、継続に勝る味はこの上ないし、だから、その家庭の味があるんだろうね。

手間暇かけて作った料理は、観念的に美味しく感じるが、ボク自身が作った料理をそう思える日が来ることは 「遥か彼方」 のような気もしなくはない。 
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